交通事故の自賠責保険とは、被害者の救済を目的とした制度です。加害者の経済的負担を補填することで、被害者に必要最低限の補償を受けてもらうことを目的としています。
しかし実際にもらえる慰謝料の額、請求方法など細かい点について疑問に思う人は多いのではないでしょうか。
本記事では自賠責保険の慰謝料、補償内容、請求方法、注意点をまとめて解説します。
そもそも自賠責保険とは?
自賠責保険とは交通事故により生じた加害者が追うべき経済的な損害を補填し、被害者を救済するための保険です。まずは自賠責保険について解説します。
最低限を補償する強制保険
自賠責保険は法律により、すべての車両の強制加入が義務づけられています。なぜなら交通事故を起こした際、加害者側に損害賠償を支払う能力がなく被害者が充分な補償を受けられない可能性があるからです。
自動車やバイクなど1台ごとに加入する必要があり、もし保険に加入せずに運転をした場合は1年以下の懲役または50万円以下の罰金が課せられます。また道路交通法違反の点数は6点なので、免許停止処分がくだされます。
なお車検制度が適用される車両の場合は、車検の際に自賠責保険も自動的に更新されます。
自賠責保険の補償対象
自賠責保険はあくまでも被害者の救済を目的としているため、人身事故のみが対象です。被害者自身への損害賠償に対して、保険金が支払われます。
人を死傷させた場合のみに自賠責保険が利用でき、運転者自身の単独事故、物損事故などに関しては適用されません。
また自賠責保険は被害者の救済を目的とした制度のため、被害者側に過失があっても一般民事損害賠償のような過失相殺は原則ありません。しかし被害者に重大な過失がある場合は、損害賠償額が減額されます。
なお死亡した場合、ケガの場合、後遺障害の場合など、ケースにより支払われる保険金の限度額が変わります。
金額に条件や限度がある
損害の種類 | 限度額※被害者1名につき |
傷害による損害 | 最大120万円 |
後遺障害による損害 | 最大70~4,000万円※条件により限度額が変動 |
死亡による損害 | 最大3,000万円 |
自賠責保険は条件により、支払われる保険金に限度があります。
傷害による損害は治療関係費、通院交通費、文書料、休業損害などです。1名につき、120万円が限度額となります。
後遺障害による損害については、程度に応じて限度額が変わります。基本75万円~3000万円が限度額です。その他著しい損害を受け介護が必要になったケースでは、3,000万~4,000万円が限度額となります。
死亡による損害は、葬儀費、逸失利益、慰謝料などです。1名につき最大3,000万円が限度額です。
自賠責保険と任意保険の違い
自賠責保険 | 任意保険 | |
加入の義務 | あり ※1年以下の懲役または50万円以下の罰金 | なし |
補償の範囲 | 人身事故のみ | 人身事故以外の事故も補償対象 ※保険の種類により異なる |
補償額 | 限度あり | 契約内容により異なる ※対人・対物保険については無制限のケースが多い |
被害者側の過失 | 重大な過失があるケースでは減額 | 過失割合分を考慮し減額 |
自賠責保険は法律により加入が義務づけられており強制的に加入が必要ですが、任意保険への加入は法律では定められていません。任意保険への加入は運転者の自由です。
自賠責保険には限度額があるため、その限度額を超えた額を任意保険でまかなえます。
加入する保険の種類により限度額やカバーできる範囲が変わるため、加入前は複数の保険をピックアップし比較検討すると良いでしょう。自賠責保険とは違い、人身事故以外にも物損事故などにも対応している保険もあります。
なお自賠責保険では原則補償額の減額はありませんが、任意保険の場合は被害者の過失割合分により減額があるケースがほとんどです。
120万円の限度額の内訳
【治療関係費】
費用 | 補償内容 |
治療費 | 治療に必要となった、必要かつ妥当な実費が支払われる。 診察料、手術料、投薬料、処置料、入院料など |
看護料 | 入院1日4,200円、自宅看護もしくは通院1日2,100円。 |
諸雑費 | 原則1日1,100円 入院中に要した諸雑費 |
通院交通費 | 通院に必要となった、必要かつ妥当な実費が支払われる。 |
義肢等の費用 | 必要かつ妥当な実費が支払われる。 義肢、義眼、眼鏡(最大50,000円)、補聴器、松葉杖など。 |
診断書等の費用 | 診断書、診療報酬明細書など発行手数料が支払われる。 |
【治療関係費以外の費用】
文書料 | 交通事故証明書、印鑑証明書、住民票などの発行手数料が支払われる。 |
休業損害 | 交通事故の傷害による収入の減少を補う。 原則1日6,100円、これ以上の収入減の証明により最大19,000円 |
慰謝料 | 交通事故によって非個々された精神的・肉体的な苦痛への補償。 1日4,300円×日数。日数はケガの状態、実治療日数により変動し治療期間内で決められる。 |
傷害による損害最大120万円の内訳は、上の表の通りです。
自賠責保険で交通事故による慰謝料はもらえる?
結論として、自賠責保険の補償対象に慰謝料は含まれています。自賠責保険から支払われる慰謝料は、次に紹介する「入通院慰謝料」「後遺障害慰謝料」「死亡慰謝料」の3つです。
入通院慰謝料
交通事故の傷害により医療機関への入院、通院が強制され生じた精神的障害に対して支払われる慰謝料を入通院慰謝料と呼びます。
自賠責保険においての入通院慰謝料の金額は、自動車損害賠償保障法で定められた自賠責保険基準をもとに算出されます。2020年4月1日以降に生じた交通事故のケースでは、入通院慰謝料は4,300円/日となりました。
自賠責保険における入通院慰謝料は支払いが迅速である反面、金額においては弁護士基準などと比べると低い傾向にあります。
後遺障害慰謝料
交通事故により後遺障害が残ることによって生じた精神的苦痛を補償するための金額を後遺障害慰謝料と呼びます。
交通事故で生じた傷害は完治するケースもありますが、ケガの程度により後遺傷害が残る可能性も高いです。交通事故においては、「後遺障害」と呼ばれる等級制度を設けて被害者の救済をしています。
なお後遺障害と後遺症は別物です。後遺症が残っていても、後遺障害の対象でなければ後遺障害慰謝料は支払われません。
死亡慰謝料
交通事故により死亡させられた、精神的苦痛に対する慰謝料を死亡慰謝料と呼びます。
被害者本人への慰謝料は限度額400万円です。また遺族への慰謝料も発生するケースがあります。遺族への慰謝料の限度額は、遺族慰謝料請求権者の人数により異なります。
請求者1名で550万円~3名以上で750万円、その他被害者に被扶養者がいるケースではプラスで200万円が加算されます。
自賠責保険と任意保険どちらも慰謝料請求できる?
自賠責保険と任意保険、双方から慰謝料がもらえるケースともらえないケースがあります。
自賠責保険から慰謝料をもらっても、被害者から請求された適切な慰謝料額に満たなければ任意保険から追加で慰謝料をもらうことができます。
逆にいえば、自賠責保険で全てまかなえる慰謝料の範囲であれば、任意保険から慰謝料をもらう必要がなく、実際にもらえません。
なお加害者が任意保険にも加入しているケースでは、自賠責保険の分も任意保険会社から一括して支払われるケースが多いです。これを一括対応と呼びます。
任意保険会社に一括対応をしてもらうケースでは、既に自賠責保険の分も支払われていることになるため、自賠責保険に対して直接請求はできません。
もし加害者が任意保険に加入していなければ、加害者と示談する必要があります。このとき慰謝料の額が自賠責保険を超えた場合は、その分を加害者本人から支払いを受けることとなります。
自賠責保険の請求方法
自賠責保険の請求方法を、「加害者請求」「被害者請求」「仮渡金請求」の3つにわけて解説します。
加害者請求
加害者請求をする流れを以下にまとめました。
- 事故が起きたことを保険会社へ伝える
- 被害者と示談し慰謝料や治療費の損害賠償を支払う
- その後必要な書類を集めて自賠責保険会社に提出し請求する
任意保険に加入している際は、一括対応をお願いすることも可能です。加入している任意保険会社の請求方法を確認し請求します。なお任意保険に加入していない場合でも、弁護士等に依頼し示談の代行をしてもらうことは可能です。
必要な書類の例を以下にまとめました。事故により必要な書類は変わるので、事前に自賠責保険の会社に問い合わせておくとスムーズです。
- 自賠責保険支払請求書
- 請求者本人の印鑑証明書
- 交通事故証明書、事故発生状況報告書
- 病院の診断書
- 診療報酬明細書
- 通院交通費明細書
加害者請求は、被害者の手続き負担が軽減される点がメリットです。デメリットは、被害者自身から手続きの全貌が見えにくい点にあります。
加害者本人に書類を渡す抵抗感、加害者に充分な保障をしてもらえない可能性等を考えれば被害者請求もしくは仮渡金請求をしておくほうがスムーズにいくこともあります。
被害者請求
被害者請求をする流れを以下にまとめました。
- 加害者の自賠責保険・任意保険の会社双方に連絡を入れる
- 自賠責保険会社から請求書類一式が届くので必要書類を揃える
- 自賠責保険会社の書類を提出する
自賠責保険会社に書類を提出した後は、調査が行われます。調査は基本的に30日以内で終わるケースが多いです。必要書類は事故により異なるため、自賠責保険会社に問い合わせておきましょう。
- 保険金(共済金)・損害賠償額・仮渡金支払請求書
- 事故発生状況報告書
- 交通事故証明書
- 診療報酬明細書
- 医師の診断書または死体検案書(死亡診断書)
- 休業損害の証明
- 印鑑証明書
被害者請求をするデメリットは、通院などケガの治療をしながら手続きを行わなければいけない点です。加害者側の自賠責保険・任意保険会社にそれぞれ請求しなければいけません。
メリットは、加害者請求よりもスムーズに補償を受けられる可能性が高いところにあります。
仮渡金請求
仮渡金は示談交渉前に請求可能です。書類に不備がなければ1週間程度で受け取ることができ、治療費や葬儀費の支払いに使えます。仮渡金請求をする流れを以下にまとめました。
- 仮渡金請求に必要な書類一式を保険会社に請求する
- 必要書類を集め作成し、保険会社に返送する
- 不備がなければ1週間前後で受け渡しされる
賠償金の一部が先払いされる点がメリットといえます。ケガにより収入が減少し生活が厳しくなることが予想されている際などは、仮渡金請求の検討をすると良いでしょう。
デメリットは、限度額である120万円を既に受け取っている場合は利用できないところ、仮渡金よりも本請求による実際の損害額が少ない場合は返還に義務があるところ、最後に受け取る損害賠償金からその分が控除されるところです。
受け取れる金額を以下の表にまとめました。
死亡した場合 | 290万円 |
【ケース1】 ・脊柱の骨折で脊髄を損傷したと認められる症状を有するもの ・上腕又は前腕の骨折で合併症を有するもの ・大腿又は下腿の骨折 ・内臓の破裂で腹膜炎を併発したもの ・14日以上病院に入院することを要する傷害で、医師の治療を要する期間が30日 以上のもの | 40万円 |
【ケース2】※ケース1以外 ・脊柱の骨折 ・上腕又は前腕の骨折 ・内臓の破裂 ・病院に入院することを要する傷害で、医師の治療を要する期間が30日以上のも の ・14日以上病院に入院することを要する傷害 | 20万円 |
ケース1,ケース2以外で、11日以上医師の治療を要する傷害 | 5万円 |
自賠責保険を被害者請求するべきパターン
自賠責保険を被害者請求すべきパターンについて、4つ紹介します。
加害者が任意保険に加入していない
加害者が任意保険に加入していない場合は、加害者側に経済力に乏しいケースが多く加害者請求にするとスムーズに手続きが進まないケースが多いです。資力が乏しく、治療費などの支払いを渋る人もいます。
また任意保険に加入していない場合は、加害者と直接示談交渉する必要がでてきます。その後加害者が賠償金を支払い、その金額を自身が加入している自賠責保険に請求するといった流れになりますよ。
一方で被害者請求であれば、加害者の対応や財力に左右されることなく、必要最低限の補償をスムーズに受けられる傾向にあります。
加害者側に書類を提出する必要もなく、自らの手で書類を集めるため透明性があり安心です。
任意一括対応できない場合
一括対応とは、自賠責保険の分の補償額を任意保険側が一括して支払うことです。
しかし被害者側の過失割合が4割を超えた場合などは、加害者側の任意保険会社が一括対応をしてくれない可能性があります。その際は一旦被害者が金額を立て替えて、示談交渉の際に加害者側に請求する必要があります。
この際に健康保険を利用すれば、立て替える金額を減らすことができます。
被害者の過失割合が大きい場合
自賠責保険では損害額を計算する際に過失相殺が減額されません。
そのため任意交渉で加害者に請求したり、加害者が加入している保険会社へ請求したりするよりも、自賠責基準で算出した方が損害賠償金額が大きくなるケースがあります。
入院2ヶ月、通院3ヶ月(実通院日数30日)のケースの慰謝料の減額割合をまとめました。
減額適用上の被害者の 過失割合 | 減額割合 |
7割未満 | 後遺障害または死亡:減額なし 傷害:減額なし |
7割以上8割未満 | 後遺障害または死亡:2割減額 傷害:2割減額 |
8割以上9割未満 | 後遺障害または死亡:3割減額 傷害:2割減額 |
9割以上10割未満 | 後遺障害または死亡:5割減額 傷害:2割減額 |
後遺症が残った場合
後遺障害の申請の申請を行う際は、加害者が加入している任意保険会社が一括対応しているか否かに関わらず被害者請求をすることがおすすめです。
書類や資料を集めなければいけませんが、被害者側からより有利な資料を添付することができます。
任意保険会社は被害者に有利な対応をしてくれるわけではないため、後遺障害がある場合は被害者自らが請求しておくと良いでしょう。
自賠責保険の注意点・ポイント
自賠責保険を利用する際に注意点とポイントを4つ紹介します。
自賠責保険には時効がある
自賠責保険の請求の時効は法律で3年と定められています。被害者請求の場合は事故発生日から、加害者請求の場合は損害賠償金を支払った日から時効が起算されます。
時効の起算点が違うため、きちんと覚えておきましょう。
時効が近くなってきた際に、自賠責保険会社に時効の中断を申請することもできます。自賠責保険会社が時効の中断を認めれば、時効期間の経過がなくなり、時効中断の日から時効期間の起算が始まります。
自賠責保険には時効があるため、なるべく早く対応をすることが望ましいです。
示談が成立しない場合も受取可能
交通事故の被害者は、加害者との示談が成立していない場合でも加害者の自賠責保険に賠償金の支払いを請求することができ、一定の金額を受け取れます。
示談が成立するまでは、一般的に半年から1年程度かかると言われているのが現状です。
数ヶ月も受け取れないままだと、被害者が納得できない金額で了承しかねません。このような状態を避けるために、交通事故の被害者は示談が成立していない場合でも加害者側の自賠責保険に請求が可能です。示談が長引いた場合でも、受け取りができます。
適正な慰謝料でない場合もある
自賠責保険会社から支払われる慰謝料が適正ではない可能性があります。
被害者の身体的・精神的な事情の評価が不当だったり、被害者の過失割合を必要以上に高くされたり、示談の際に加害者側に慰謝料の上乗せできる事実を主張しなかったりなどさまざまな理由が考えられます。
特に示談は個人で行うにはリスクがあるため、交通事故の分野に詳しい弁護士に示談を依頼するなど対策が必要です。
弁護士費用特約も使える
弁護士費用特約とは保険会社に弁護士費用を負担してもらえる特約です。自動車保険にも付帯できる特約なので、自身が加入している保険の特約をよく確認してみましょう。
弁護士費用特約を利用することで、弁護士費用合計300万円、相談料10万円まで保険会社に負担してもらえます。重篤な事故でない限りは自己負担しなくても良いですし、重篤な事故の場合でも弁護士費用を大幅に削減できます。
なおこの特約は、被保険者本人のみではなく、家族にも適用されるケースがあります。そのため被害者の家族が加入している保険を、必ず確認しておくことがおすすめです。