交通事故に遭った際、治療費を一時的に被害者が立て替えなければいけない可能性が高いです。
しかし健康保険が利用できなければ医療費が高額になり、「支払えないかも」と不安になりますよね。もしくは「健康保険を利用しないほうが得なのでは?」と考える人もいるでしょう。
結論、交通事故によって生じたケガに健康保険は使えます。自由診療から健康保険に切り替えることも場合によっては可能です。しかし利用する前に手続きが必要だったり、利用するにあたってデメリットがあったりと注意点もあります。
本記事では交通事故における健康保険の利用について解説します。
交通事故治療で健康保険を使うとお得か?
健康保険とは、予期しない病気やケガ、休業、出産や死亡などに備える公的な医療保険制度です。
民間企業勤めのサラリーマンや公務員が加入する社会保険、高齢者が加入する後期高齢者医療制度、これらの公的医療保険制度に加入していないフリーランス等が加入する国民健康保険があげられます。
結論、健康保険に加入しきちんと支払いを行っているのであれば、交通事故の被害に遭った際もスムーズに健康保険を利用できます。具体的なケースは交通事故に遭った時に健康保険を使うべきケースで紹介しています。
詳細を見ていきましょう。
交通事故で負ったケガにも健康保険は使用可能
交通事故によって生じた治療費に、健康保険は利用できます。健康保険法、国民健康保険法に「交通事故によって生じた治療費を除外する」といった旨の文言はありません。
昭和43年に厚生労働省が通知した内容でも、交通事故によるケガへの給付が可能であるとされています。問題なく通常の負担額(1~3割負担)で医療期間の受診が可能です。
ただし通常のように受付で健康保険を提示するだけでは、加害者側から充分な治療費、慰謝料をもらえない可能性があります。後半の「交通事故の治療で提出が必要な書類」「交通事故の治療に健康保険を使う際のポイント・注意点」もご覧ください。
適用範囲外の治療は使用不可
健康保険は国民の生活を安定させることを目的としているため、保険適用外の治療を受けた際は自己負担となります。例えば日常生活に大きな支障がない美容診療は自己負担です。
また労働中や通勤中の交通事故のケガに関しては、労災保険が適用となるので健康保険は利用できません。被害者が労災保険と健康保険どちらを利用するか選ぶことはできないので、注意が必要です。
交通事故における保険適用外の治療例を、以下にまとめました。
- カイロプラクティック
- 整骨院や接骨院以外のマッサージ
- 健康保険適用外の医薬品の使用
- 入院時に生じる食事代
- 高度先進医療費
- 差額ベッド代
- 入院中の雑費など
これらの費用は健康保険の利用が不可能ですが、高度先進医療等に関しては高度先進医療特約のある保険に加入している場合はいくらか給付される可能性があります。
健康保険の他、自身や家族が加入している保険の内容を今一度確認しておくことがおすすめです。
交通事故の治療に健康保険を使うメリット
交通事故における治療で健康保険を利用するメリットを紹介します。対応可能な施術は健康保険適用内のみとなりますが、交通事故において健康保険を利用するメリットは多いです。
慰謝料が実質増額する
健康保険を利用することで治療費が抑えられるため、自賠責保険の上限額である120万円を超えにくくなります。慰謝料分の枠を余らせることができれば、慰謝料が実質増額する可能性が高まります。
ただし根本的に慰謝料が増えるわけではありません。
相談している弁護士がいるのであればあらかじめ増額交渉について相談をしておくことで、慰謝料を増やせる可能性が高まるでしょう。
自己負担額の軽減
加害者が任意保険に加入していない場合、被害者側は加害者本人を相手に示談をしなければいけません。自賠責保険会社や任意保険会社が間に入ってくれないため、示談が長引く可能性が高いです。
示談は通常半月から1年ほどかかるといわれているため、その間の治療費は被害者側で立て替える必要があります。その際に健康保険で治療費を抑えることができれば、被害者自身が生活を安定させやすくなるといえるでしょう。
また加害者が自賠責保険にも加入していない無保険者の場合は、霜害賠償額を支払ってもらえるかどうかも危ぶまれます。最悪の事態を想定し、健康保険を利用し自己負担を抑えておけるのはメリットといえます。
高額療養費制度が使える
健康保険は、高額な医療費を支払った際に高額療養費が支払われる高額療養費制度があります。同一月(1日~末日)にかかった医療費が高額になり自己負担限度額を超えた場合に、後で払戻が受けられます。
ただし診療報酬明細書などの書類送付後、審査等もあるため払戻までは診療月から3ヵ月以上かかるので注意が必要です。
なお高額療養費支給見込額の8割相当を無利子で借りられる高額医療費貸付制度もあるため、治療費にお困りの際は利用を検討すると良いでしょう。
自己負担限度額は年齢や収入によって変動するため、ご自身が加入している医療保険制度の公式HPを確認するか、電話にてお問い合わせ等をしてください。
交通事故の治療で提出が必要な書類
交通事故の治療において健康保険を利用する際に必要な書類は、次に紹介する6つです。交通事故証明書以外は、加入している健康保険組合に請求することでもらえます。
第三者行為による傷病届
第三者の行為が原因でケガをした際は、ご自身が加入している医療保険制度に対して「第三者行為による傷病届」を提出する必要があります。
交通事故や喧嘩など第三者の行為によってケガが生じた場合、治療費は加害者が支払うことが原則です。しかし通常のように健康保険を利用するだけでは、健康保険組合が支払うことになります。後から加害者に対して金額を請求できるよう、第三者行為による傷病届が必要です。
第三者行為による傷病届に関しては、加入している健康保険組合に請求することが可能です。インターネットからダウンロードすることもできます。
負傷原因報告書
どのような状況で負傷したのか詳細に記入する書類が、負傷原因報告書です。業務上や通勤途上での負傷の場合は労災保険が適用となるため、健康保険の対象かどうかを見分けるために必要となります。また交通事故など第三者行為による場合は、加害者への請求の際に必要です。
医療費適正化事業の一環として実施されています。負傷原因報告書が届いた際にきちんと提出しなければ、本来受けられるはずの高額療養費のような健康保険の給付が受けられなくなる可能性があるので必ず記入し提出してください。
書類が郵送されるケースと、申請書様式をインターネットからダウンロードして提出するケースがあります。
事故発生状況報告書
「事故発生状況報告書」は双方の過失の割合を判断するために必要な書類です。事故が発生した当時の状況を細かく知るために必要な書類で、保険会社に保険金を請求する際に必要不可欠な書類となります。
事故が発生した年月日、天候、交通状況、時刻、現場の道路図、被害者と加害者の車の位置関係等を細かく記す必要があります。
加入している任意保険の公式HPからダウンロードする方法、任意保険会社に請求し郵送してもらう方法が一般的な入手経路です。
損害賠償金納付確約書・念書
損害賠償金納付確約書・念書は、交通事故の加害者に記入してもらう必要がある書類です。治療費等を必ず支払うことを約束する書類で、加害者が記入を拒否した場合はその旨を書類に記入します。
過失割合などで揉めている場合は、加害者側が記入を拒否するケースも多いです。
損害賠償金納付確約書・念書に関しては、加入している健康保険組合の公式HPからダウンロードする方法、請求し郵送してもらうことになります。
同意書(被害を受けた側が記入)
全国健康保険協会が加害者が加入している保険会社に医療費明細書の提示をすることに対する、被害者が記入する同意書です。
個人情報の取り扱いに関する同意書となるので、健康保険の制度を利用したい場合は記入して提出する必要があります。加入している健康保険組合の公式HPからダウンロード、もしくは直接請求し郵送してもらうことで入手ができます。
交通事故証明書
交通事故発生の事実を証明する書類が、「交通事故証明書」です。事故日時、事故の発生場所、当事者等の情報が記載されています。
各都道府県の自動車安全運転センター(交通安全運転センター)事務局にて、必要書類の入手・発行が可能です。また近くの警察署・交番及び駐在所、センター事務局で書類をもらい、ゆうちょ銀行・郵便局でのお申し込みや、自動車安全運転センターの公式HPからダウンロードによる入手もできます。
交付手数料は1通につき800円ほど(郵便局等利用する場合は払込料金も必要)となり、実際に交通事故証明書が届くまで10日ほどかかります。
交通事故に遭った時に健康保険を使うべきケース
次は交通事故の被害に遭った際に、健康保険を利用すべきケースについて紹介します。
被害者にも過失割合がある場合 |
人身傷害補償保険(特約)の契約がない場合 |
加害者が任意保険に未加入の場合 |
治療費の立て替えを打ち切られた場合 |
加害者の特定不可・連絡が取れない場合 |
被害者にも過失割合がある場合
被害者にも過失がある場合は過失相殺が発生するため、加害者側に治療費の全てを補償してもらうことはできません。例えば被害者の過失が3割ある場合は、加害者側が支払う治療費含む賠償額も3割ほど減額されます。
また、加害者の治療費の3割は被害者が負担する必要があります。健康保険を利用することで一部を健康保険でまかなえるため、健康保険は利用すべきです。
また医療費が高額になる場合は高額療養費制度が利用できるので、健康保険の利用を検討しましょう。
【例】被害者(健康保険⇒3割負担)の過失が2割の場合
健康保険を利用しないケース
治療時に立て替えた金額:30万円
加害者から支払ってもらえる金額:24万円
被害者自身の負担額:6万円
健康保険を利用したケース
治療時に立て替えた金額:9万円
加害者から支払ってもらえる金額:7.2万円
被害者自身の負担額:1.8万円
人身傷害補償保険(特約)の契約がない場合
人身傷害補償とは治療の実費(健康保険適用範囲内)、慰謝料、休業損害等を受け取れる保険です。人身傷害補償保険や、被害者自身が加入している保険に人身傷害補償特約がない場合など利用できない場合は健康保険を利用した方が有利になるケースがあります。
人身傷害補償が使えないケースで、①加害者が任意保険・自賠責保険に加入していないか任意保険の保険金が低い、②交通事故の過失割合がある場合には治療費の自己負担が発生する可能性が高まる傾向にあります。
そのため健康保険を利用した方が、被害者の自己負担分の治療費を安く抑えられるでしょう。
加害者が任意保険に未加入の場合
加害者が自賠責保険のみに加入しており任意保険に加入していない場合は、基本的に健康保険を利用することがおすすめです。
自賠責保険のケガにおける支払限度額は治療費、休業損害、慰謝料等全て含めて120万円と定められており、それを超える額に関しては加害者側の任意保険会社に請求する必要があります。しかし加害者本人が任意保険に加入していない場合、加害者本人に資力がなく損害額を支払えない可能性も0ではありません。
治療費の額をなるべく抑え、自賠責保険内の金額におさめ補償を受けられるようにしましょう。
治療費の立て替えを打ち切られた場合
加害者が任意保険に加入している場合、任意保険会社が被害者の治療費を立て替える任意一括対応をしてくれるケースがあります。しかし治療費が120万を超えたり治療期間が長期化したりすると、立て替えの打ち切りを打診されることがあります。
治療費の立て替えが打ち切られた場合、被害者側で一度全額負担し、その金額を加害者に請求する手続きが必要です。この際に健康保険を利用すれば、被害者の負担を減らせます。
加害者の特定不可・連絡が取れない場合
ひき逃げで加害者が見つからないケースでは、最終的にすべて自己負担となる可能性があります。
また加害者は特定できていても連絡が取れない場合は、連絡が取れるまで、もしくは調停や訴訟を検討し決着がつくまで自身で治療費を立て替えなければいけません。連絡が取れない加害者との裁判は、通常よりも長期戦になることを想定する必要があります。
このような事態を想定すると、健康保険を利用し被害者の負担額を減らしておくことがおすすめです。
交通事故の治療に健康保険を使う際のポイント・注意点
交通事故の治療に健康保険を使う際のポイントと注意点をまとめました。
自由診療から健康保険に切り替えは可能
一旦自由診療で治療を開始したものの加害者との示談がまとまらず高額な治療費に悩んだ場合や、健康保険が適用できることを知らず自由診療をした場合は、自由診療から保険適用の治療に切り替えることができます。
ただし経理など手続きの問題から、健康保険への切り替えが拒否されることもあるので注意が必要です。
また保険適用の治療であれば、医療機関との交渉により過去に遡って健康保険単価に差し替えてくれるケースもあります。しかしこれらはケースバイケースのため、必ずしも健康保険単価になるわけではありません。
まずは医療機関に相談し、切り替えが可能であれば先ほど紹介した書類を用意して健康保険の利用を申し出ましょう。
健康保険が使えない病院がある
交通事故によるケガの保険適用内の治療を受け付けていない病院もあるため、足を運ぶ前に事前に連絡をし確認することがおすすめです。
「病院側の手続きが複雑になる」「自由診療なら可能(診療報酬がより多くもらえるため)」などの理由から、健康保険を利用した交通事故治療を受け付けていないケースがあります。また数は少ないですが、病院側が交通事故によるケガに健康保険を使えないと勘違いしている可能性も0ではありません。
説得を試みるよりも、交通事故によるケガの治療に慣れている別の病院を利用するほうが全体において効率的です。
診療の幅が狭くなることもある
健康保険を利用したい場合、保険適用内の治療しか受けられません。自由診療で扱っている治療方法よりも治療の幅が狭くなるため注意が必要です。
特に交通事故により重篤な症状を引き起こしている場合は、健康保険適用外の治療も視野に入ってきます。先進医療や、日本で認可されていない新薬を利用したい場合は、健康保険の利用の範囲内では治療を受けられません。
そのため自身によってより良い治療方法は何なのかを、健康保険の利用をする前に、医師とよく話し合うことがおすすめです。
高額の場合は限度額適用認定証も検討する
自身が加入する健康保険組合に限度額適用認定証を申請することで、高額医療費制度における自己負担上限金額までしか請求されません。
交通事故によるケガの治療が高額になった際は高額療養費制度の利用を検討すべきですが、高額療養費制度の払戻しは3ヶ月後になります。つまり、一時的に高額な医療費を医療機関へ支払わなければいけません。
一時的であっても高額な医療費の負担ができないケースでは、限度額適用認定証の利用を検討することがおすすめです。自身が加入している健康保険組合の都道府県支部から資料を取り寄せ、もしくはダウンロードし申請することで、1週間ほどで手元に届きます。
交通事故の治療に健康保険を使う際のよくある質問
最後は交通事故の治療において健康保険を利用する際の、よくある質問について答えます。
症状固定後も健康保険が使える?
これ以上治療しても症状の改善が見込めない状態を、症状固定といいます。結論として症状固定後も、健康保険を利用し医療機関に通院することが可能です。
しかし加害者の任意保険会社から治療費の支払いを受けている場合、症状固定後は今までもらえていた治療費が支払われなくなるので注意が必要です。自由診療の金額を加害者の任意保険会社からもらっていた場合は、自由診療から健康保険利用に切り替える手続きをしておきましょう。
自損事故でも健康保険は使える?
加害者がいない自損事故、単独事故でも健康保険の利用が可能です。
自損事故の場合も、健康保険法の給付制度に抵触するかを審査することになるので、傷病届など書類の提出は必要不可欠となります。
ただし第三者行為による傷病届とは違い、自損事故用の書類をそれぞれ用意することとなります。自身が加入している保険組合の公式HPを確認、もしくはお問い合わせすることがおすすめです。
労災保険を使う場合も健康保険を使うべき?
通勤中や業務中の交通事故は、原則労災保険を利用します。
健康保険は利用できないため、注意が必要です。もし業務中の交通事故であるにも関わらず健康保険を利用した場合は、自身が加入している保険組合に労働災害であったことを報告し、医療費返納に関する書類をもとに金融機関にて納入すると問題はありません。
なお会社から「健康保険を使え」と強要されるケースもあります。会社が認めなくても労災保険が利用できるので、労働基準監督署に相談しましょう。
無過失の場合は健康保険を利用しないほうがいい?
被害者が無過失の場合、治療費を抑えることで保険会社が「休業損害や慰謝料の支払いに回しても良い」と判断し、事実上もらえる金額が増える可能性があります。
なお交通事故により入院や手術が必要になった場合は、保険会社の担当者から「健康保険を利用してほしい」とお願いされるケースも0ではありません。その場合は、過失がない場合でも応じることがおすすめです。
なお被害者に過失がある場合は健康保険を利用することで受け取れる金額が増える可能性がありますが、無過失の場合は健康保険を利用してもしなくても法的に賠償金額の差が生じません。